21世紀は光・量子の時代と言われています.自動運転・ロボットの自動走行,スマートフォンの高度顔認証等を可能とする光センシング(LiDAR)技術,スマート製造を可能とするレーザ技術,太陽光(熱)エネルギーの高度利用,さらには量子情報処理にいたるまで,光・量子が担う役割はますます重要となっています.
本研究室では,21世紀を支える“光・量子”を自由自在に操ることを目的として,「フォトニック結晶」「フォトニックナノ構造」をキーワードに,自在な光・量子制御技術の開発を行っています.物理的基礎から応用まで研究を行い,様々な革新的な光・量子技術を実現し,エネルギー,環境,光製造(ものづくり),高度情報・通信技術に寄与し,Society 5.0(超スマート社会)の実現に貢献することを目指しています.
フォトニック結晶とは 「フォトニック結晶」とは,光の波長程度の周期的な屈折率分布をもつ光ナノ構造を意味します.半導体が,その周期的ポテンシャル分布により,電子のエネルギーに対してバンドギャップをもつのと同様に,光子のエネルギー(波長)に対してバンドギャップをもつことを特徴とします.このようなフォトニック結晶に類するものは,自然界にも存在します.その好例が,生きる宝石と評される「モルフォ蝶」の青く輝く羽に見られます.この羽の鱗粉には,縞状で等間隔に並んだ1次元的な周期ナノ構造が存在します.こうした構造が,可視域の特に青色を中心とした光に対して,フォトニックバンドギャップをもち,それらの波長の光が内部に侵入せず,強く反射されます.結果として,非常に鮮やかな色をもつようになるのです.フォトニック結晶は,このような周期ナノ構造を2次元,3次元的に拡張したもので,これにより,2次元面内,さらには3次元のどのような方向から光が結晶に侵入しようとしても侵入できず,光の存在を禁止することができるようになります.我々は,こうした特徴をもつフォトニック結晶を用いることで,自在な光・量子制御を実現しようと以下のような研究を行っています. |
現在,自動運転,ロボットの自動走行や,セキュリティセンシングなどへの関心が,世界的に高まっています.そのために,LiDAR (Light Detection and Ranging) と呼ばれるレーザパルスの空間走査による物体(障害物)の検出や,不審物(者)のセンシング技術の開発が,世界中で行われています.現状では,センシングに用いるレーザパルスの走査は,機械方式に頼らざるを得ないため,動作スピードが遅い,小型化が難しい,信頼性が低いなどの大きな課題があります.このような課題を解決しうるレーザ光源として,本研究室では,小型で安価な半導体レーザに,斜め方向へのビーム出射機能を付加してそれらをアレイ状に並べることで,レーザビームの出射方向を電気的に走査できるフォトニック結晶レーザデバイスを実現してきました.最近では,2次元的に広い範囲で出射角制御が可能な新たなフォトニック結晶構造である変調フォトニック結晶の概念を提案・実証しており,2次元的に広い範囲で電気的にビーム走査が可能なレーザチップの実現へ向けて,研究を行っています.また,フォトニック結晶レーザは,素子単体でナノ秒以下の非常に短い時間幅のパルスを発生させることも可能であるため,測距分解能の向上なども含めて,革新的なセンサー光源デバイスの実現へと繋がることが期待されます.
近年,スマート製造(スマート工場)と呼ばれる,IoT技術やAI技術を活かして多様なニーズに対応してカスタマイズされた製品を無駄なくスピーディーに生産するという,製造のスマート化が,大きな関心を集めています.そのような製造の核となるのが,レーザです.大きなエネルギーを小さな領域へ集中させることのできるレーザは,物質の切断から,微細加工,改質,表面処理など様々な場面での活躍が期待され,スマート製造の実現に向けて,コンパクトで省エネルギーの高輝度・高出力レーザが求められています.通常の半導体レーザは,小型でエネルギー利用効率も高いのですが,大きな出力のレーザ光を得ようとすると,様々な発振状態が競合して動作してしまい,エネルギーを集中できる領域が広がってしまうという課題がありました.本研究室では,こうした課題の解決を目指して,フォトニック結晶を用いた大面積で安定に動作可能な新しい半導体レーザの開発に取り組み,1.5Wという大きな出力が得られ,かつ波長による限界まで小さく集光することも可能な半導体レーザの実現に成功してきました.さらに,最近では,10 W級の高ビーム品質・高出力レーザも実現できつつあります.現在,スマート製造のイノベーションに向けて,機械学習の手法を取り入れたフォトニック結晶構造の可視化等を通じて,レーザ出力のさらなる増大に向けた設計・開発を行うとともに,より高精細な加工を可能とするための,サブナノ秒レベルの短い時間幅のパルス動作や,波長の短い青紫色への拡張についても,研究を行っています.
地球温暖化や化石燃料の枯渇など,人類全体の課題となっているエネルギー・環境問題の解決手段として,再生可能エネルギーの研究が積極的に進められています.特に,無尽蔵に降り注ぐ太陽光を利用する太陽光発電は,非常に有力な手段として,世界中で大きな注目を集めています.長年の研究により,太陽光のエネルギー利用効率は,着実な向上をみせてはいるものの,未だ多く改善の余地が残されています.本研究室では,光現象の根源的な制御が可能なフォトニック結晶を活用することで,エネルギー・環境問題へと貢献すべく,研究を行っています.一般的な太陽電池においては,太陽光の幅広い熱輻射スペクトルの一部しか電力へと変換することができませんが,太陽光を全て吸収して熱に変換し,その熱を狭帯域な熱輻射スペクトルに変換して太陽電池に照射すれば,太陽光スペクトルの全波長成分を有効に利用した究極的なエネルギー変換が実現できると期待されます.研究室では,フォトニック結晶による熱輻射制御技術を応用した超高効率な太陽光発電の実現を目指して,効率的な発電を可能とする狭帯域熱輻射光源の開発を行っています.また,省資源・低コストの太陽電池として期待される,薄膜シリコン太陽電池において,フォトニック結晶を融合することにより,極薄いシリコン膜であっても光吸収を大幅に増大させ,光電変換効率を高めることにも成功しており,今後,熱光発電に近接場光をも活用することなども含めて,こうした研究が,環境・エネルギー問題の解決に,大きな役割を果たすものと確信しています.
環境計測や、人々の健康の診断のために、様々な気体や液体などのセンシングが行われています.そのようなセンシングには,指紋波長領域と呼ばれる各物質が特徴的な吸収特性をもつ波長域の,赤外線が用いられています.このようなセンシングの光源として,これまで物体を加熱するだけで光を発生する熱輻射光源が用いられてきました.しかし,通常の熱輻射光源は,必要とする波長の光のみならず,その他の多くの波長成分(スペクトル)をもつ光を発するため,エネルギー利用効率が極めて低いという問題を抱えています.また,熱輻射のオン・オフの切り替えは,一般に物体の温度の上げ下げで行うため,その動作速度が極めて遅いことも課題でした.本研究室では,フォトニック結晶を利用して熱輻射を人工的に制御することで,所望の狭い波長のみで高効率に発光し,かつ発光強度を高速に変化させられる,次世代の熱輻射光源の開発に取り組んでいます.これまでに,従来型の熱輻射光源と比較して,70倍以上狭帯域な熱輻射スペクトルや6000倍以上高速な熱輻射のスイッチング動作の実現や,複数の波長の高速切り替え動作の実証に成功しており,環境・医療・工業分野で活用される各種赤外線センサの小型化・低消費電力化に貢献する成果として注目されています.
光による高速かつ安全・安心な通信・情報処理は,現在,もっとも重要性の高い技術課題の一つです.本研究室では,環境にやさしく電子デバイスとの親和性が高いシリコンや,可視波長域で動作可能なSiCワイドギャップ半導体等の,様々な材料を用いた2次元フォトニック結晶により,光の自在な操作が可能なデバイスの実現を目指して研究しています.これまでに,半導体の微小領域をフォトニック結晶で囲むことで,究極的に強く光を閉じ込めることが可能な光ナノ共振器を実現し,小さなチップに集積した波長多重通信用デバイスや,光のバッファーメモリとして機能する素子などを提案・実証してきました. さらに,このような集積デバイスの,量子情報処理へも応用をも見据え,微小共振器をチップ上に複数個集積し,それらの中に閉じ込めた光の状態を外部から自在に制御することにも挑戦しています.実際,任意の位置に形成した複数個の微小共振器での光のやりとりを望むタイミングで切断/接続するといった制御に成功しており,最近では,望むタイミングで光を転送するといった制御を実現することにも成功しています.これらの技術により,光子を究極的に小さな空間にとどめながら制御できると考えられ,従来にない超小型オンチップ光量子情報処理デバイスの実現に貢献できると考えています.さらに,極めて高い光閉じ込め効果をもつナノ共振器を利用した,間接遷移半導体であるシリコンでできたレーザ(ラマンレーザ)の実現や,可視光域での応用や高強度・高密度の光操作でも安定した動作が期待できるSiCワイドギャップ半導体を用いたナノ共振器などの様々な機能デバイスへの展開を行うとともに,機械学習の手法を取り入れた高性能化などの研究も行っています.
フォトニック結晶は,その周期構造の設計によって,多種多様な光の制御を可能とするポテンシャルを有しており,実際に,様々な機能が実現されてきています.そのような設計は,これまで,研究者の経験や,そこから導き出される物理的解釈に基づいて行われてきました.しかしながら,特性に影響を与えうる全ての要因を取り込んだ解析は非常に困難であるため,部分的な最適化にとどまっていました.これに対して,近年注目されている機械学習の手法を取り入れることで,多数のデータから知識やルールを自動的に蓄積することが可能となり,これまでの限界を超える設計へと繋がることが期待されます.その一例として,本研究室では,機械学習を用いたフォトニック結晶光ナノ共振器の高性能化(より高い光閉じ込め性能の実現)の検討を行い,ナノ共振器周辺にある無数のフォトニック結晶孔の位置変化が共振器特性に与える影響を学習させることで,明示的なルールを人が与えることなく,従来よりも高い性能の共振器設計を得ることに成功しています.また,設計のみならず,作製したデバイスの特徴の抽出・可視化など,これまでは人の経験で行ってきた処理を,自動的に行うことなども検討しています.このようなアプローチは,今後,フォトニック結晶デバイスのインテリジェントな動作制御なども含めて,より一層の高度な光制御に繋がっていくものと期待されます.
光を自由自在に操ることを目的とした場合,究極的には,3次元フォトニック結晶の活用が挙げられます.3次元方向全てに周期的な屈折率分布を有する3次元結晶により,全方向に対して光を操るという,まさに完全なる光の制御が可能となります.しかし,その可能性とは裏腹に,光の波長オーダの立体構造の作製は非常に困難なものでした.本研究室では,長年に渡り,完全な周期性をもつ3次元結晶を作製する努力を重ねており,世界的にも類を見ないほど,質の高い結晶が作製できるようになってきました.その結果,結晶内部における発光の増強や抑制といった,物理学上,非常に重要な現象の観測に成功しています.さらに,最近では,極微小な領域の中で任意の経路で立体的に光を導波させることや,結晶表面に光を局在させることなど,新しい機能性も実現しています.我々は,このような完全3次元結晶を,多方向同時エッチングによる簡便な作製技術とも併せて,さらに発展させることで,物理限界へと挑戦していき,極限的な光制御を実現し,新コンセプトを創出することを目指して,研究を進めています.